2012年1月23日月曜日

Bagumamaの2011年はこんな一年でした -part2-



8月:夫は7月下旬に一足先に日本に帰国。私は一人でその後も滞在し、8月10日にやっと日本へ戻りました。涼しいオランダから一気に真夏の日本へ。電力消費制限が広く行き渡り、日本中が節電に心を砕いているその渦中でしたので、電車の中を初め、いつもは煌煌とまばゆいばかりに明るい東京の街が随分と暗く感じました。もっともヨーロッパで暗い暮らしになじんでしまった私はその暗さがちょうどよかったのですけれど。

9月・10月・11月:住み慣れたDesireeのB&Bを出て、キッチン設備完備、バスタブ付き、洗濯機・乾燥機付きのホリデーハウスに移りました。友人の紹介でやっと出会えた完璧な住いでした。2ヶ月ほどお世話になって、また元のDesireeのB&Bに戻ることになりましたが、これも運命的な感じが。何しろ、2週間の予定で私だけ一時帰国するその日に夫は体調を壊し、帯状疱疹を患うことになり、元看護婦のDesireeとご主人のお世話になってしまったわけですから。
9月にはチーままがはるばる訪ねてきてくれました。オランダで食事はあまり期待できないのですが、地元のBloemenhofでのディナーとゴッホゆかりの町ニューネンのLindehofでのランチ、2カ所も美味しくて美して豊かな気分を味わうことができました。これもチーままのおかげです、ありがとう。



Marleenのホリデーハウス、リビングの窓に広がるには広大な畑、畑、畑

B&Bから歩いて15分の距離にあるBloemenhofレストラン。
インターネットに掲載なし、全て口コミだけというのにいつも満席の秘密は、
リーズナブルなお値段で最高にくつろげるから。Desireeの次女Milouがここでアルバイト
Lindehof。シェフはスリナムの人で、日本の食材も上手に使って新しい味を創造
見た目も至ってクリエイティブ


10月には9年ぶりだったアルセンの町へのドライブとN子さんを訪ねたパリ行きがとても印象的でした。アルセンの町はドイツとの国境に近いせいか、耳にする言葉はオランダ語でも町の雰囲気や人々の物腰はドイツ的。9年前にも訪ねたアルセン城の庭園はガーデニングの国オランダならではのレベルの高い庭園の数々でした。パリのお話はまた次回に。

ドイツ語の表示が普通に町に



全長60センチはありそうな大きな緋鯉が何匹も。
黒鳥もいましたよ







N子さんの還暦祝いパーティの様子



12月:まさか、こんなに長く日本にいることになるとは思っていませんでした。夫のスケジュールの都合で私が戻るタイミングを逸してしまった訳ですが、久しぶりに会う友人とのランチやディナー、音楽会、それに長男の一時帰国に合わせて日本に居られた上に、孫たちとも心行くまで同じ時間を共有できたことは本当に幸せなことでした。




Bagumamaの2011年はこんな一年でした -part1-


2011年、あっという間に過ぎてしまった感がありましたけれど、写真を眺めながら振り返ってみると随分いろいろなことがありました。

1月:恒例のFrankfurt詣で。Paperworld出展を応援するために2週間ほどオランダに滞在し、電車でフランクフルト往復しました。夫は日本から直接フランクフルト入りで、帰りも別行動。私は凍り付いたオランダの大地で一人暮らしの2週間。

3月:日本からオランダの業務をサポートしながら、そろそろ用事を作ってオランダに飛ぼうと考えていた矢先に3.11の大地震、私も東京の自宅で地震の恐ろしさを体験しました。あの頃を思い出してみて、時間が止まってしまったような、何もかもがそれまでの連続する時間の流れから切り離された異次元に日本全体がワープしてしまったような感覚だったように思います。現場で筆舌に尽くしがたい現実と向き合っている大勢の人のことを思うと呑気な話ですが。被災地の復興を願い、人々の心の傷が早く癒えますよう。。。

4月・5月:大輔・さくらに会いにトンボ帰りしたり、その大輔と東京から日帰りで軽井沢まで行ってみたり、札幌まで一泊旅行してみたり、5月末から長期のオランダ出張を前にしばし日本の暮らしを楽しみました。
札幌駅前の紀伊国屋書店の2階カフェ。コーヒーを飲みながら本が読める最高の場所でした



大輔・さくら・パパ
神戸港でConcertoのティークルーズ
新幹線大好き!の大輔と軽井沢へ

5月・6月・7月:5月も終わる頃、スーツケース一つでオランダへ向かいました。今回はどのくらい長くなるか皆目検討がつかない中、ヨーロッパビジネス立て直しの最後のチャンスとして、夫と二人で長期戦を覚悟。会社の実態はアムステルダム近郊のオフィスから完全に南部の小さなオフィスに移り、私たちはB&Bに腰を据えて、毎日30分かけて森や畑の間を通う完璧田舎暮らしが始まりました。


本社の全面的応援をバックに背水の陣で臨んだディーラー会議
今後の商品開発路線を決める大事な一日でした
DesireeのB&B、奥が広いシャワールーム、手前にベッドルームあり

B&Bから一歩外に出るとあっちでもこっちでも馬に出会えます


普段はサンドイッチ程度のシンプルな食事ですが、
近隣の町で開催されたフードフェスティバルにはこんなフレンチのテイストも

2011年12月4日日曜日

青テント

2週間の予定で一時帰国、明日帰るはずだったのですが、急遽変更して、またしばらく日本にとどまることになりました。すぐ戻るのだから、とスーツケースに詰める予定品を並べておいたけれど元に戻しました。約3ヶ月の間の雨風で汚れに汚れた窓ガラス、どうせまた留守の間に汚れるのだからときれいにするつもりなかったけれど、やっぱり窓拭きしなくてはと思っているところです。

その窓から多摩川を見下ろすと、川べりに並んだ青テント。ウソでしょう!?
急に数が増えたみたい。

2009年に日本に戻ってきた時は、窓から見える範囲に青色は一個もありませんでした。多摩川ベリを少し歩いて初めて数件の青テント住居に出会う程度でした。それも東京都側だけだったのに、その後、窓から見おろせる神奈川側に少しずつ青色が目立ち始め、今は10数軒並んでいます。

どんな人たちが住んでいるのだろうか。
ご近所付き合いなんていうのもあるんだろうか。

これから寒くなってくると大変だろうな。

オランダには運河に浮かんだボートを住居にしている人が大勢います。
きれいなカーテンがかかった窓の向こうにはキッチンの様子やゆったりしたリビングルームも見えます。庭まで作っている人もいます。

ボートには住居表示もあり、ちゃんと住民登録されているみたいです。

状況が全く異なるから比較なんてすべきではないのかもしれませんが、青いテントに住む人がこれからも増え続けるのだったら、何か、もう少し人間らしい住処を提供してあげられないものだろうか、と考える今日この頃です。



2011年10月24日月曜日

一泊パリ旅行

何年ぶりのパリでしょうか。オランダに住んでいた頃、ほぼ毎年のように遊びに行って、その都度五感に刺激を受けて新鮮な気持ちになったものでした。

今回は高校時代からの友人苗子さんと彼女の仲間のジャンピエールさんの二人が主催して還暦祝いのパーティを開くというので、夫と二人馳せ参じました。車で片道5時間、本当にこのパーティに出席してトンボ帰りしたのですが、特別な二日間になりました。

集まった人たちは演劇や芸術関係の仕事をしている人が多く、気さくで楽しい会話が延々と夜更けまで続き、その合間にシャンペンにワイン、手作りのお料理の数々、刺激的でした。(といっても私にはフランス語のおしゃべりは皆目分かりませんが。)

苗子さんは20代で単身フランスに渡り、フランス人男性と結婚して、フランス語の社会で人生の半分以上を送って来たことになります。ご主人のジャンフランソワさんは日本語を話し、とても日本的なところのある人で、私は彼がフランス人だということをほとんど忘れています。

その二人とジャンピエールさん夫妻を中心に、集まった70名近くのほとんどがフランス人で、ほかに日本人とドイツ人という構成のこのパーティは、一言で言えば国際的ということなのですが、私には苗子さんが架け橋となって異なる文化が融け合っている、不思議な具合に重なり合っている、そう思えました。




2011年10月9日日曜日

9年ぶりに訪ねた町、アルセン

ドイツ国境沿いを南から北に流れるマース川は、フランス北東部に発し、ベルギーを通って蛇行しながら最後はロッテルダム方面で北海につながる、全長900キロ、細身の風光明媚な川です。

今回訪ねたアルセンの町は、このマース川流域の緩やかで優しい土地柄をそのまま体現している、そんな風に思える、気持ちがとても安らぐ町でした。9年前にお城の庭園公園を訪ねたときに、たまたまふらっと入ったカフェレストランで出会ったスペアリブ、それが忘れられなくて、ぜひもう一度!というわけだったのですが、町のたたずまいは記憶のかけらも見いだせないほど全く初めての町の様相で、私の記憶違いだったのだろうか、と狐につままれたような気持ちです。

それはともかく、10月とは思えないような抜けるような青空、ポカポカと開放的な陽気に片道1時間のドライブは最高の気分転換になりました。

沿道で見かけたパンプキン・セール。

2011年9月12日月曜日

ミニ引っ越し

約3ヶ月お世話になったDesiree(デジレー)のB&Bに別れを告げ、これからしばらくお世話になるMarleen(マーリーン)のホリデーハウスをご紹介。

B&Bとホリデーハウス、一体どこが違うの?
私たちがお世話になっていたデジレーのB&Bは小さいながらもキッチンがあったし、バスルームも独立した専用バスルームだったし、ホリデーハウスと設備的にはほとんど変わりません。
一つ違うのは、B&Bは文字通りBed&Breakfastで朝食付きが基本です。掃除やベッドリネンの交換なども定期的にやってくれます。

方や、ホリデーハウスは滞在中、オーナーは全くノータッチ。最後のお掃除や洗濯だけ、オーナーがやりますが、それ以外はオーナーの介在は一切なし。もちろん、用事がある場合はいつでも応対してくれるそうですが。

今度の場所は人里離れた畑の中の一軒家、周囲はトウモロコシ畑とアスパラ畑、それに牧草地ばかり。食料品や日用品なども隣町まで車で行かないと何もないようです。これまでのB&Bは、周辺に乗馬学校、ビーチバレーコート(そこで国際大会)、キャンプ場、ハイキングコース、サイクリングコースなどなど、休暇に訪れる人を引きつける施設が目白押しでしたが、ここはそういった特徴もありません。つまり本当に何もないのです。

この家を本当の意味で「休暇」に利用する人って、どんな目的で来るんだろうか、「何もしない」というのが目的になるんだろうか、などと考えてしまいます。

道を隔てた向こう側のアスパラガス畑。
この土の下に来年春収穫のアスパラガスが育つのかなあ??

周囲は手入れの行き届いた草花で彩られ・・・

屋内はこんな感じ。リビングルームの奥に書斎コーナー

このひまわりは本物。
窓の向こうは庭の草木の向こうに生け垣があり、
その先の畑の遠景と融け合って緑色のウォールペーパーのよう。

最後に、
Marleenのフラワーアレンジメントをどうぞ。

2011年9月4日日曜日

オランダに戻ってきました

約3週間の日本滞在、イワイ夫が一足先にオランダに戻ったので追いかけるようにしてまたこちらに戻ってきました。行ったり来たりもここまで頻繁だともうそろそろ終わりにしたい!と内心悲鳴を上げています。

昨年から日本航空のアムステルダム直行便がなくなったため、いつも私はパリ経由。パリに降り立ったときのウキウキ感が好きで、経由便の煩わしさはかなり軽減されているとは言え、以前より所要時間が長くなったことで、移動の疲労度も知らず知らずに増えているような気がします。

とは言え、いかに私がうきうきするのか、まあ、聞いてください。
写真はシャルルドゴール空港ヨーロッパ域内の出発ゲート付近です。
ボーディングブリッジが透明で閉塞感がなくしかも機能本意ではなくておしゃれ!ということで飛行機を降りてまず感激するわけですが(その代わり晴れていると温室状態になるけれど)、その後ターミナルビルを歩いていく先々で出会う意匠を凝らした建築デザインに驚きの連続です。そしてこの「透明感」みたいなフィーリングがシャルルドゴール空港の全体を覆うイメージだと思います。写真の天井部分も空が見えます。
縦横の梁が直線的で鋭角な印象なのですが、これとバランスを取るようにほかの部分に実に見事に曲線が使ってあって心地よいのです。

イワイ夫は今回フランクフルトまで飛んでそこから電車でオランダに入りました。目的地がアムステルダム方面ではなくなったので、あれこれ都合のよい経路を模索中です。