2011年10月24日月曜日

一泊パリ旅行

何年ぶりのパリでしょうか。オランダに住んでいた頃、ほぼ毎年のように遊びに行って、その都度五感に刺激を受けて新鮮な気持ちになったものでした。

今回は高校時代からの友人苗子さんと彼女の仲間のジャンピエールさんの二人が主催して還暦祝いのパーティを開くというので、夫と二人馳せ参じました。車で片道5時間、本当にこのパーティに出席してトンボ帰りしたのですが、特別な二日間になりました。

集まった人たちは演劇や芸術関係の仕事をしている人が多く、気さくで楽しい会話が延々と夜更けまで続き、その合間にシャンペンにワイン、手作りのお料理の数々、刺激的でした。(といっても私にはフランス語のおしゃべりは皆目分かりませんが。)

苗子さんは20代で単身フランスに渡り、フランス人男性と結婚して、フランス語の社会で人生の半分以上を送って来たことになります。ご主人のジャンフランソワさんは日本語を話し、とても日本的なところのある人で、私は彼がフランス人だということをほとんど忘れています。

その二人とジャンピエールさん夫妻を中心に、集まった70名近くのほとんどがフランス人で、ほかに日本人とドイツ人という構成のこのパーティは、一言で言えば国際的ということなのですが、私には苗子さんが架け橋となって異なる文化が融け合っている、不思議な具合に重なり合っている、そう思えました。




2011年10月9日日曜日

9年ぶりに訪ねた町、アルセン

ドイツ国境沿いを南から北に流れるマース川は、フランス北東部に発し、ベルギーを通って蛇行しながら最後はロッテルダム方面で北海につながる、全長900キロ、細身の風光明媚な川です。

今回訪ねたアルセンの町は、このマース川流域の緩やかで優しい土地柄をそのまま体現している、そんな風に思える、気持ちがとても安らぐ町でした。9年前にお城の庭園公園を訪ねたときに、たまたまふらっと入ったカフェレストランで出会ったスペアリブ、それが忘れられなくて、ぜひもう一度!というわけだったのですが、町のたたずまいは記憶のかけらも見いだせないほど全く初めての町の様相で、私の記憶違いだったのだろうか、と狐につままれたような気持ちです。

それはともかく、10月とは思えないような抜けるような青空、ポカポカと開放的な陽気に片道1時間のドライブは最高の気分転換になりました。

沿道で見かけたパンプキン・セール。

2011年9月12日月曜日

ミニ引っ越し

約3ヶ月お世話になったDesiree(デジレー)のB&Bに別れを告げ、これからしばらくお世話になるMarleen(マーリーン)のホリデーハウスをご紹介。

B&Bとホリデーハウス、一体どこが違うの?
私たちがお世話になっていたデジレーのB&Bは小さいながらもキッチンがあったし、バスルームも独立した専用バスルームだったし、ホリデーハウスと設備的にはほとんど変わりません。
一つ違うのは、B&Bは文字通りBed&Breakfastで朝食付きが基本です。掃除やベッドリネンの交換なども定期的にやってくれます。

方や、ホリデーハウスは滞在中、オーナーは全くノータッチ。最後のお掃除や洗濯だけ、オーナーがやりますが、それ以外はオーナーの介在は一切なし。もちろん、用事がある場合はいつでも応対してくれるそうですが。

今度の場所は人里離れた畑の中の一軒家、周囲はトウモロコシ畑とアスパラ畑、それに牧草地ばかり。食料品や日用品なども隣町まで車で行かないと何もないようです。これまでのB&Bは、周辺に乗馬学校、ビーチバレーコート(そこで国際大会)、キャンプ場、ハイキングコース、サイクリングコースなどなど、休暇に訪れる人を引きつける施設が目白押しでしたが、ここはそういった特徴もありません。つまり本当に何もないのです。

この家を本当の意味で「休暇」に利用する人って、どんな目的で来るんだろうか、「何もしない」というのが目的になるんだろうか、などと考えてしまいます。

道を隔てた向こう側のアスパラガス畑。
この土の下に来年春収穫のアスパラガスが育つのかなあ??

周囲は手入れの行き届いた草花で彩られ・・・

屋内はこんな感じ。リビングルームの奥に書斎コーナー

このひまわりは本物。
窓の向こうは庭の草木の向こうに生け垣があり、
その先の畑の遠景と融け合って緑色のウォールペーパーのよう。

最後に、
Marleenのフラワーアレンジメントをどうぞ。

2011年9月4日日曜日

オランダに戻ってきました

約3週間の日本滞在、イワイ夫が一足先にオランダに戻ったので追いかけるようにしてまたこちらに戻ってきました。行ったり来たりもここまで頻繁だともうそろそろ終わりにしたい!と内心悲鳴を上げています。

昨年から日本航空のアムステルダム直行便がなくなったため、いつも私はパリ経由。パリに降り立ったときのウキウキ感が好きで、経由便の煩わしさはかなり軽減されているとは言え、以前より所要時間が長くなったことで、移動の疲労度も知らず知らずに増えているような気がします。

とは言え、いかに私がうきうきするのか、まあ、聞いてください。
写真はシャルルドゴール空港ヨーロッパ域内の出発ゲート付近です。
ボーディングブリッジが透明で閉塞感がなくしかも機能本意ではなくておしゃれ!ということで飛行機を降りてまず感激するわけですが(その代わり晴れていると温室状態になるけれど)、その後ターミナルビルを歩いていく先々で出会う意匠を凝らした建築デザインに驚きの連続です。そしてこの「透明感」みたいなフィーリングがシャルルドゴール空港の全体を覆うイメージだと思います。写真の天井部分も空が見えます。
縦横の梁が直線的で鋭角な印象なのですが、これとバランスを取るようにほかの部分に実に見事に曲線が使ってあって心地よいのです。

イワイ夫は今回フランクフルトまで飛んでそこから電車でオランダに入りました。目的地がアムステルダム方面ではなくなったので、あれこれ都合のよい経路を模索中です。


2011年8月26日金曜日

節電アレルギー?

今日で14日、涼しいオランダの気温差15度の世界から東京に戻って早や二週間経ちました。やっと時差ぼけが解消されてきたところです。こんなに頑固な体内時計にあきれるばかりです。


このところ涼しいですが、33度とか、34度とか、連日の湿気と暑さにはその数字そのものにビクビクしながら身構えていたような気がします。

ニュースなどで見聞きする日本の対応は、「電気が足りなくなったら大変だから常日頃から節電をしましょう。それには一番電気を使うエアコンの使い方を考えましょう。
普段より設定温度を2度程度あげるだけで節電効果はこれこれしかじか。」一人一人が昨年の消費電力量より減らすことを求められている様です。我が家は去年だって28度とか29度の設定でエアコン使っていたから、こういう家庭が節電するのは結構厳しいだろうな、とオランダのエアコン不要の暮らしの中で考えていました。

実際は、頭の中がぼーっとしてくる蒸し風呂の中で「昔もこんな風だったなあ」と思い出しながら、蝉の声を聞き、額から流れ落ちる汗を拭き拭き、東電の電気予報を見つめる毎日。大企業に15%の節電を課すのなら、一般家庭だってそうそう呑気に電力消費している訳にはいかないだろうな、だから何かしら節電しなくては、という強迫観念が四六時中頭のどこかで私に節電を強要するのです。

昨年の同時期と比較した電力使用量のグラフは、見事に去年の数字を下回っており、日本人の一致団結の効果はすごいとひたすら感心しています。

もっとも、去年までは無限に使える電気を必要以上に使っていたのかもしれませんが。

2011年8月13日土曜日

ワイルドピーチ


これを日本の自宅から打っています。ここのところのお決まりコースでパリ経由、陸を移動中に窓から眺めた空港の建物は、直線と曲線が見事に調和した軽やかなうつくしさ。オランダにはない感覚です。
写真はガラッと変わってワイルドピーチなる珍しい桃、オランダの果物屋で売っていました。しっかりした味で、いかにもワイルド。どうしてこんなにつぶれちゃったんでしょうね。

2011年8月7日日曜日

放射能汚染

アムステルフェーンまで出向く用事があったので、これを機会に友人とランチ。日本食レストランに行きました。オランダ南部の小さな町にいると、日本食材もほとんど入手できないので、今日は本当に久しぶりの日本の味を堪能しました。

そこで聞いた話は、日本食材の輸入が制限されており、定番メニューがかなり減ってしまったとのこと。それっぽい食材はアジア各国から入ってくるそうですが、本物は、日本の生産者が放射能汚染がないことを保証する必要があり、そこまでやってくれるところが少ないとのこと。

友人の話では、アムステルダムの老舗食材店「Yama」が閉店、「Meiji-Ya」もテイクアウトが増えた分食材のスペースが減ってしまったとのこと。お米を買いに行ったのに売り場になかったこともあるとか。こういった最近の傾向に、今回の放射能問題が重なった形です。

ちなみに二人で寄ってみた食材店も、棚の上があちらこちらに隙間が。ひところに比べると全体量は半分程度になっているのではないかと思います。それが、今回の一件のせいなのか、それとももっと別の事情が絡んでいるのか、それは私にはわかりませんが、日本の状況を考えると、しばらくはこういう状態が続くのでしょう。